About the Author

元国立大学附属中高教員。心を育て、人と人をつなぐ教育プログラムを開発・実践。
2019年に渡米し、アメリカでNozomi Music Schoolを開校。
頭も体も心も、子どものもつ可能性を最大限に高めたい!!

収入は、人と比べるものでもないし、人の家庭にあれこれ言う話ではありません。

自分の子どもをどういう生活水準の中で育てたいか、そして、お金に対してどういう価値観を持ってほしいかーということは、ある程度自由に設定できると思っています。

子どもに与えられる環境は、親次第。うちのケースを紹介しながら、考えてみたいと思います。

我が家のお金事情

日本では、夫と共に国家公務員でした。

結婚時に、今後の生活スタイルについて、次の2パターンについて話し、二人で決めた生活スタイルです。

  • 夫が転職し、夫の収入だけで生活し、私が主に家の中を担当する。
  • 二人で仕事を続け、家の中も、二人で分担する。

私たちは、迷いなく、二人で仕事を続け、家の中も、二人で分担することを選びました。

理由は一つ、高収入のところに転職すると、ほぼ間違いなく、時間も取られることになるからです。

私の人生の中での最優先事項は、「時間」です。

二人で時間を過ごすことで、二人としての形ができると思います。

そして、家族で時間を過ごすことで、家族としての形ができると信じています。

(事情があってそうはできない場合ももちろんありますよね。我が家も数カ月単位の出張もありました。)


私たちの収入が世間の中で多いか少ないかがテーマではありません。

この収入の中での、生活水準の設定に、私たちの想いが表れています。


お金を使う時間もないくらい忙しい日々だったので、使い道や予算などをあまり考えたことがありません。

結婚してから、日本では二回引っ越しし、家族が増える度により大きい家に移っていきました。

二度目の家を賃貸にし、三度目の場所に移ったため、二人の収入プラス家賃収入がありました。

確かに生活に困ることはありませんでしたが、私たちが使えるお金は限られていました。

なぜかと言うと、私の収入と家賃収入は、生活費には充てないでおこうと決めたからです。

同じマンションで、子どもが遊べる広さのバルコニーがある家に、自力で根性引っ越し。

友人の言葉「のぞみちゃん家もっとお金あるやろ?」

有難いことに、初めに双子を授かり、結果として三人の子に恵まれました。

私の仕事もどこまで続くか分からなかったし、家賃収入なんて、いつ終わるか分かりません。

幸運なことに、大手企業の法人が借り手だったため、しばらくは大丈夫だろうと踏んでいましたが、

天災や予期せぬ修繕費用などで、マイナスに転じる可能性もないわけではありませんでした。


将来の様々な可能性を考え、夫だけの収入で生活していたため、それほど余裕があった訳ではありません。

普段の利用スーパーは、主に業務スーパー。

子どものおもちゃや服は一切買わず、ほぼ譲ってもらったもので生活。

子どもの経験や教育には、お金を使っていましたが、子どもにプレゼントなんてほぼあげたことはありません。

(とは言っても、習い事だって、習字とプール、チャレンジに、ほぼ無料のバスケだけでしたが。)


そんなうちの生活を見て、仲の良い友人が一言。

「のぞみちゃん家もっとお金あるやろ?」と。

食材にももっとこだわれるだろうし、子どもも破れた服や靴を履いているので、そう言ったのでしょう。

(とても仲の良い友人で、大好きな人です。)


私の答えは一言。

「いや、これでいいねん。」と。(爆笑でしたが。)

全て頂きもののおもちゃと、譲ってもらったりおばあちゃんに作ってもらったお洋服。そして、帽子はオリジナル(笑)。

三人の娘を音楽大学に入れてくれた両親

私は、公務員の父と、洋裁職の母の元で育ちました。

決して裕福だった訳ではありませんが、習い事は何でもさせてもらえたし、生活に困ったことはありません。

三人姉妹が全員、音楽系の大学に進学させてもらえたのは、今となれば改めて感謝でいっぱいです。


大学に進学してから、奨学金を利用して大学に通っている友人の多さに、正直驚いたこともあります。

だけれど、家はとても小さく簡素で、食事も質素、旅行にもほぼ行ったことがありません。

(とにかく家が好きという母の意向だったのですが。)

それでも、「教育のために、お金は惜しまない。」「外見より中身にお金を使いなさい。」と、度々言われていたものです。


そんな家に育ち、私も同じように習い事などの教育資金には、惜しみたくないと考えています。

だけれど、日常生活の中で、望めばお金がどんどん出てくる家にはしたくありませんでした。

  • 食事は、栄養一番に。(五大要素を意識しつつ、できるだけ手作りのものを。)
  • 洋服は、用途を果たせばそれでいい。(体を保護する。)
  • 欲しいものがあれば、それをどうやって手に入れるかを考える。(欲しい→買うにはしない。)

母が、ウェディングドレスを作る仕事だったため、私のカラードレスも、母の手作り。結婚式で、三姉妹の演奏をしました。

サンタさんのプレゼントに夢はある?

そんな我が家の事情を知ってか知らずか、うちの子どもへのサンタさんからのプレゼントは、こんなもの。

  • 靴下とパンツ
  • 水筒やお弁当箱(譲ってもらうことがない品物)
  • 保育園や学校での必需品

なんとも合理的なサンタさんですが、今考えても、これで良かったと思っています。

やがて、小学生になって、お友達のものが羨ましくなり、本人の意志も出てくると、

「誕生日にこれが欲しい。」などと言い始めます。


成長による当然の変化なので、私たちも頑なにNOとは言わず、少しずつ子どもの意見を取り入れていきます。

ですが、ある年、Nゲージが欲しいと言ってきました。

調べてみると、うちにとっては超高級品。

結果、少しダウンサイズしたものをプレゼントしました。


もちろん、子どもは満面の笑みではありません。

口には出しませんでしたが、(思ってたのじゃない。)と顔が言っています。

そして、こう告げます。

「あとは、自分たちでどうやって手に入れるか考えてごらん。」

サンタさんへの手紙やプレゼント、トナカイ用の飲み物やニンジンを毎年準備。

欲しいものは、自分でどうにかする

この時、すでにアメリカ在住だったため、子どもが稼ぐ方法は、意外にたくさんありました。

子ども達は、ロールケーキを作り、公共の場所で売り出すことにしたのです。

看板作りや袋詰めなど、最低限の親のサポートは入れつつ、できるだけ自発的に取り組んでもらいます。


結果、なんとロールケーキが、15分で完売し、あっという間に目標資金に到達してしまいました。

本来なら、お金を稼ぐ苦労を感じ取って欲しかったのですが、ここは子どもファーストのアメリカ。

子どもが売っているとなれば、通り過ぎることはできず、皆がチップのように気軽に購入してくれます。

あっという間に集まったお金で、見事お目当ての物を購入することができたのでした。


その他にも、リコーダーを練習して、ファーマーズマーケットでも何度か演奏しました。

一時間ほどの演奏で、$30が一気に集まり、これが子どものお小遣いとなっています。


そして中学生になってからは、ますます面白いことに。

友だちに勉強を教えてあげる、お菓子を売る、などの方法で、日々$1を稼いできています。


そうそう、コロナ禍が始まった頃、あまりにも暇で(学校も仕事も習い事もない生活が一年以上続きました。)

折り紙屋さんをしようと試み、様々な折り紙を意気揚々と作って、家の前で販売しました。

ですが、たまに通る人は、皆私たちを避けて、わざと遠回りをしたり、半径5m以上近付きません。


それはそうです、STAY HOMEが叫ばれ、出現したばかりのウイルスに、戦々恐々となっている頃だったので、

私たちの姿に、不信感を持ったのでしょう。

子どもは、努力が全く報われなかったので、残念そうでしたが、これもいい思い出です。

息子がロールケーキを作り、図書館前で販売して、あっという間に完売して目標金額達成。お友達も応援!

友達の家でとても歓迎される我が家の子ども

子どもが、お友達の家で、ごはんをご馳走になることが、度々あります。

どの家でも、とても喜んでもらい、と同時に驚かれます。

「何出しても、高級高級って、すごく喜んでたくさん食べてくれるから嬉しい!」と。

うちのあまりに質素なごはんに慣れている子どもたち。


うちの子どもたちにとって、炊き立ての白ごはんは、何よりのご馳走。

お友達の家で何度もお代わりし、大人が食べる予定だった白ご飯まで食べつくしてしまうのは、よく聞きます。

ふりかけやごはんのお供、うちではあまり出ない日本食やおかずに、大喜びで食らいつくのだろうと思います。

(一言添えると、アメリカに住んでいると、普通の日本食こそ、最高の高級品になります。)

そして、中華系のお友達の家でも、キムチや韓国のりで大喜びしているそうです。

(いわゆる、アメリカ人のお宅では、ハンバーガーやピザなので、あまりたくさん食べることはないそう。)


「めちゃ高級やー!すごい!おいしい!滅多にこんなの食べれない!」とでも喜んでいるのでしょう。

幸せのレベルを上げすぎないことは、人生をより豊かにします。

健康であることは大切だし、たまのパーティーは、大人でも嬉しいものです。

そして、毎日の生活の中で、小さな小さな幸せを感じられることが、豊かな心を生むこともあります。

日本からはるばる海を渡ってやってきた、我が家自慢のお釜。(もちろん頂き物)

奨学金を受ける生徒の涙

教員時代のある年、私は奨学金の担当をしていました。

国立附属でしたが、医学部を目指す学生も多く、奨学金を望む生徒はたくさんいました。

事情があるおうちもありましたが、教育として、できるだけ自分の力で大学に行かせるご家庭もありました。

私は、ただ手続きをするのは嫌だったので、一人ひとりしっかりと思うことを伝えていました。


「これだけのお金を掛けて、大学に進学する。ここまで来れたことへの周りへの感謝。

あなたが返せることは、自分の信じた道を真っすぐ突き進み、やがてあなたが周りに与える側になること。」

ということを伝えました。


忘れもしません。

医学部へ進学する予定の生徒が、その話をしている時に、泣き始めたのです。

「これだけの奨学金を受けても、それでも親は、残りこれだけの支援をしてくれる。

今までもそうだけれど、親がしてくれる重みを、この歳になって初めて知った。」


私は、その保護者と面識はありませんでしたが、思わず私まで涙ぐみながらこう伝えました。

「きっと、ご両親は、自分たちに何かを恩返ししてほしいとは思っていないと思う。

あなたが、しっかりと学び、将来、周りの人を救っていくことが、一番の恩返しだと思うよ。」と。


私は、この生徒に、たくさんのことを教えてもらいました。

恥ずかしながら、私は、自分の親に、金銭的なことでここまで感謝したことはありませんでした。

むしろ、親は、大学まで教育のサポートをして当然という思いもあったような気がします。

この時、親へ改めて感謝すると共に、自分の子どもへ、お金の価値が分かるように育てようと思いました。

自分たちの収入が上がろうが下がろうが、すぐにお金を出すようなことはしないでおこうと思ったのです。

我が家流 子どもの心を満たす方法

この時期は、走ってきた娘を、ひらすら受け止める遊びばかり。人を信頼する心の基礎を育てているのだなぁ。

子どもは、スーパーへ行っても、おもちゃ屋さんへ行っても(ほとんど行ったことがありませんが。)

「あれ買って、これ買って」とは言いません。

ある時、「どうせ買ってくれへんもん。」と言っていて、よく分かってるなぁと笑えたものです。

旅行先などで、「好きな物選んでいいよ。」と言うと、何度も「いいの?ありがとう!」と感激してくれます。


だけど、全くかわいそうだとは思いません。

我が家は我が家。

設定された生活水準の中でも、たくさんの喜びや愛おしい時間が山のようにあります。

好きなお菓子やおもちゃを買ってあげるより、子どもと体や心が触れ合う時間をたくさん持ちたいです。

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